グッドデザイン賞受賞概要

2020年度|審査ユニット総評

本年度のグッドデザイン賞の審査も、領域別に応募対象をグループ分けした「審査ユニット」ごとに審査が行われました。各ユニットでの審査を通じて見られた傾向や特徴、領域ごとのデザインの状況や課題をまとめました。

吉泉 聡

デザイナー / クリエイティブディレクター

01-01 装身具・身につけるもの、01-02 衣料品、01-03 スマートウォッチ

ユニット1の審査カテゴリーは「身につけるもの」。衣類、腕時計、眼鏡、バッグ、靴などが対象アイテムであり、日々の生活に、そして物理的にも私たちの身体に最も身近な製品が対象となる。それゆえ長い歴史を持つものが多く、成熟した製品が多い。また大きな特徴として、機能の追求以上に、時に嗜好性を強く求められるアイテムが多く、総じて技術的な取り組みと進度が緩やかな製品が多い印象を持った。結果として、静かな声に耳を傾ける様な審査となったが、そんな中でも、機能性と嗜好性の巧みなバランス、それらを身につけた新しい生活がイメージできる「交感」を持つ製品が審査を通過したように思う。

中でも評価を集めたのは、これ以上の改善は考えていなかった様な事柄に、鋭く切り込む視点を持った製品たちだ。例えば「JINS SCREEN Nose-Pad Less」(20G010007)は、鼻パッドはおろか、顔面に触れる部分が全く無いメガネである。鼻パッドにストレスを感じるユーザーは多いが、鼻パッドを無くす以外に根本的な方法がなく、ほぼ諦めている問題ではなかっただろうか?そこにもう一度切り込み、かけた姿の美しさも損なわずに実現している点に多くの共感を生んだ。
また、防透に対して徹底的に取り込んだ「MIENNE」(20G010031)も同様に高い評価を集めた。体操着や制服は、着用者が選べないインフラのような製品であり、社会的なインパクトも大きなものだと感じる。インフラのような製品という観点では「マグネットファスナー」(20G010030)も高い評価を集めた。これだけ既に流通し、成熟したファスナーという製品に対しても、鋭く潜在的な問題点をすくい上げ、具体的に切り込むその姿勢はやはり高い評価を集めた。

そこにあるのは「問い続ける姿勢」ではないだろうか。

身近な製品にこそ、製品に対する既成概念が強い。作り手も使い手も、問題を問題とせずに受け入れている状況が無意識化に強くあるように感じる。そんな状況を掘り起こし、覆すには、相当な想像力、そして具現化する創造力が必要になる。そんなデザインの基本的な姿勢こそ、身近な日常をじわじわと豊かにしてくれるのだと、改めて実感できたカテゴリーであった。

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石川 俊祐

デザインイノベーション

02-01 ヘルスケア用品、02-02 衛生用品、02-03 美容機器、器具

ソートフル・ライフスタイル時代の幕が開けた。ソートフル・ライフスタイルとは、自らと向き合い、真の豊かさを見つめ直す暮らしのあり方を指す。
2020年のヘルスケアの応募作品を総括すると、顕在欲求を満たそうとするソリューションも目立つ一方、暮らしの質の向上を追求したデザインが高い評価を集めた。共通項は「ふつうの再定義」である。
あらゆる場面でこれまでの価値観が揺さぶられるなか、私たちにとって違和感を感じない自然な状態とは何か。今回、高く評された応募作品はいずれも、「ふつう」を問い直し、ソートフル・ライフスタイルへの変化の兆しを先んじて取り込んでいる。以下、事例を通して説明したい。
「健康」の再定義:発病には至らないものの、健康とは言えない状態を「未病」という。健康と病気の二項対立ではなく、その間にある生活様式や習慣を自分に合う形で改善すること。「DnaBand」(20G020041)は、私たち自身が「ふつう」であり続けるための必要条件を問い直した。
「歩行」の再定義 : COVID-19による自粛要請は、歩行がもたらす好影響を深く認識させてくれた。一方、誤った方法が心身への不調をもたらす危険もある。「HOCOH」(20G020065)は人間と重力の唯一の接点である足の裏に着目することを問い、「AYURI」(20G020064)は現代人が自然で美しくいられる歩行のあり方を探求している。 「サステナブル」の再定義 : サステナブルの本質とは何か。「オーライト」(20G020071)は、日常において自然と呼応して行動することの重要性を教えてくれる。評価すべき点はバイオマスプラスチックを使った製品だけでない。紙は一切不使用、自社の電力はすべて太陽光発電……彼ら自身の行動が消費者を含めた様々なステークホルダーとの交感をもたらしている。
今後、ヘルスケアという領域が、豊かで人間らしい暮らしのあり方を問い続け、真に心地の良い「新しいふつう」を生み出していくことを期待している。

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倉本 仁

プロダクトデザイナー

03-01 育児用小物、装身具、03-02 家庭用育児用品、03-03 文具・事務用品、03-04 教材・教育用品、03-05 玩具

このユニットは育児関連や教材などの子供用品と一般文具・事務用品が審査の対象である。例年そうであるが、このカテゴリーの製品は技術開発的に成熟期を迎えたものが多く、派手な飛躍は無いものの、これまでに開発されてきた製品の着実な進化の形であったり、子供の成長をサポートするための安全性や正しい倫理観、またサスティナブルな製造環境を示唆するものなど、我々が生活する社会に直結するものが多く集まっている。

そのような視点から審査対象を見てみると、製品を通して企業やデザイナーの生活に対する美意識やユーザーへの思いやりを感じることができる。既に使用に際してはほとんど問題がない様に思えるものであっても、綿密に調査と検証を繰り返す中で、少しでも気持ちよく使える物に進化・改善させようとする行為は、我々の社会と生活をより良いものに推し進める確かな力となる。また製品開発を取り巻く環境が近年、消費型社会から循環型の社会へと急速に移行したことを受け、製品の利用者が期待する以上に社会を啓蒙するような製品が生まれてきている事も嬉しい事であった。より良い使いやすさを求めながらも、少ない部品点数や製造工程の簡略化などの工夫がなされ、それらの創意が製品デザインに表出している案件も多く見受けられた。循環的社会環境を目指した取り組みを世界と比べると日本はまだまだ意識が低いと評されるが、それでも今年の審査対象を見ると企業やデザイナーの工夫とアイデアがより良く反映された製品が急速に増えてきた印象だ。

変化し続ける社会環境の中で、ものづくりの意味も大きく変わろうとしている。子供や教育を扱う製品を開発する企業やデザイナーには社会や環境をかたちづくる倫理観がより求められるが、同時に人々を笑顔にするような軽やかなアイデアも期待したい。デザインは複雑に絡み合う要素や条件の調和を求める行為であるとともに、単純で直感的な、なんだか楽しいものであって欲しい。

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渡辺 弘明

インダストリアルデザイナー

04-01 スポーツ用品、04-02 レジャー・アウトドア・旅行用品、04-03 ホビー・ペット用品、04-04 スマホ・パソコン・カメラ関連アクセサリー、04-05 園芸用品、04-06 音響機器・楽器

レジャー・ホビーを対象としたユニット04は、アウトドア・スポーツ・トラベル・釣り・ペット・園芸・音響機器等、同じ括りでもジャンルは多岐にわたる。幸い審査委員はそれぞれ得意分野が多様で、趣味も四散するなど思慮に及ばず、他のユニットの審査委員の見識も得て、議論を尽くした。
オリンピックイヤーでもあり、スポーツ用品各社は記録向上を追求、新素材を活かし軽量化と耐久性を両立したプロダクトは新しいフォルムの創出にも繋がっている。また、センサー技術などITをベースに開発されたプロダクトは、科学的根拠に根ざしたスマートなトレーニング方法を生み出し、昨今のスポーツ界にある旧態依然とした社会問題にも切り込んでいる。いずれも、スポーツの未来を予感させた。
アウトドア用品には、データのみならず開発者の豊富な実体験が生かされ、より多くの人に自然の中で素晴らしい体験を提供したいという姿勢を感じた。また、専門性の高い小規模の会社が多く、知名度は低くともキラッと光るものが幾つか見られた。開発者の趣味が高じて拘り抜いて作られたと思われるプロダクトに、ここまでやるかという探究心や大胆な発想が伺える。
中国などアジア諸国からの応募が目立つ音響機器に於いては、市場に一石を投じるといった意気込みが感じられるものは少なかった。とりわけワイヤレスイヤホン・スピーカーの応募が多く見られたが、ほぼ横並び状態と言える。このジャンルは成熟した市場、技術の谷間にあり、メーカーは既存の技術でお茶を濁した感さえ覚えたが、これまでとは異なる突破口を見出す必要性を感じる。その中で、陽の当らなかった和楽器を電子化したプロダクトには、文化の継承という課題に技術とデザインで挑んだ試みとして溜飲が下がる思いがした。
コロナ禍にあって、スポーツとアウトドア用品は活況とのこと。受賞にもその傾向は表れている。このユニットのプロダクトは過酷な使用条件を克服するため、養われた技術やアイデアが日常使いでのプロダクトにフィードバックされることも多い。テントなどは好例で、強靭で軽量、短時間での設営を考えた無理のない構造は建築に向かい、様々な気象条件に耐えうる表皮素材はアパレルや防災用品にも広がる。虚飾を廃したプリミティブで本質を追求した姿はプロダクトの基本とも言え、この分野のプロダクトへの注目度は今後さらに進むことを確信した審査であった。

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鈴木 元

プロダクトデザイナー

05-01 キッチン用品、調理器具、食器・カトラリー、05-02 日用品、05-03 調理家電

ユニット5は、キッチン用品や日用品など、毎日の生活に寄り添うプロダクトが審査の対象である。2020年は働き方や暮らし方が大きく変化した年となった。コロナ禍により家で過ごす時間が増えたことで、これまで外を向いていた人々の目が内に向かい、日々の生活の質が見直され始めている。デザインにおける質の良さとは何かを定義することは簡単ではないが、目新しさや、一時的な利便の提供で終わるのではなく、長い生活時間の中で、美しく機能し続けることだと言えるかもしれない。今年は循環型社会の実現に向けた取り組みの応募も多く、魅力的な提案が多数見られた。いずれもデザインが機能する時間軸を伸ばすことを指向しており、それが今年の審査会で評価を集めたものに通底するひとつの特徴になっていたように思う。

使い捨てることに見直しを迫るデザイン提案が目を引いた。「さささ」(20G050244)は、和晒を現代の暮らしに合わせて再生したもので、使い手の所作まで艶のあるものに変える魅力を放っている。「Bio LIMEX Bag」(20G050250)は、プラスチック製の買い物袋を、石灰石とバイオ由来樹脂に置き変える意義深い取り組みで、しなやかな石のような独特の質感は、環境性能だけでは語り尽くせない素材としての魅力に溢れている。専用冷蔵庫を必要とせず低温環境を生み出せる「アイスエナジー」(20G050248)は、使用時に大量のCO2を発生させるドライアイスの代替品として、未来の低温物流の可能性を予感させる。
丁寧に作られた物を、ずっと大切に使う、作り手と使い手の成熟した関係が豊かだと思う。「ツボエの極上おろし金 箱-hako-」(20G050236)や雄勝ガラスの酒器(20G050221)は、そのことに改めて気づかせてくれる。雄勝ガラスは、収益を地域の職人文化の持続のために還元しており、作り手が見ている時間の長さがデザインの色合いを更に深いものにしている。

審査会で共感を生んだデザインは、目を細めて遠くを見つめながら、同時に目の前のプロダクトにも、微に入り際に穿つ細心の配慮がなされている物だった。遠くと近くを同時に見る、進歩的で丁寧な仕事が「交感」を生む美しい仕事に繋がっているのだろう。

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手槌 りか

プロダクトデザイナー

06-01 生活家具、06-02 清掃用品、06-03 家庭用福祉用品・介護用品、06-04 防災用品、06-05 寝具、06-06 神仏具関係用品

このユニットは、成熟した商品が多く、明確な変化を感じることは難しいが、生活スタイルの変化によって起こる新たな利便性や快適性を提供する取り組みがなされていたと感じた。

椅子。美しさと快適性を求めて、長年培った技と加工技術の進化で生まれた優秀な商品がいくつか見受けられた。他にもリビング学習や高齢者向けなど様々な視点で『座る』ことへの追及がなされ、今後もこの流れは続くだろう。
収納・ベッド。 可変から空間活用するもの、組み合わせの自由度があるもの、壁面利用で最小限の部材構成とするものなど、賢い資源利用、空間との融合性、購入者自身が加担できる拡張性のある提案がこの市場の求める傾向であると感じた。

清掃用品。すっきりシンプルが基本トレンドであるが、加えてこれまでの構造を一から見直すことで使用に変革をもたらし、毎日の家事負担を大幅に減らすことを達成したものが高く評価された。ここでは生活の変化で生まれた見落としがちな問題を新たな視点で発見し、真摯な姿勢で長期にわたり取り組み続けること。それこそが良品の開発に繋がるように思う。

防災用品。日常への定着からか特別なセットものは減り、個々の進化と日常使用を見据えた提案が多かった。災害が非日常でなくなった昨今、防災用品のこれからも日常化の方向へ進むと予測される。

高齢者向け商品。高性能の補聴器や折りたたみ可能なフロ椅子等、高い技術力により使用が大きく改善された商品が評価されたが、応募全体を見ると外観の美しさにまで達成できた商品は少ない。このカテゴリーでは使いやすさだけに目を向けるのではなく、今後の高齢化社会の中では、その外観の魅力付けもますます重要になってくると思う。

神仏具。祈りの作法や追善供養の在り方等が様々な形で表現され、生活スタイルを見据えて日常へ取り込む提案が多かった。場を日常と融合させることで機会を増やし、信仰の文化を絶やすことなく継続させる取り組みは今後のテーマでもある。

最後に、日常的で成熟度の高いモノは、固有の生活スタイルに問題点を見出し、提案することでその成熟度は増していく。逆に非日常・少数派だったモノは、違和感なく日常へ組み込むことで、新しい生活スタイルを提案していく。
それぞれジャンルは全く違うが、生活文化への進化を鋭く感じた。

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三宅 一成

デザイナー

07-01 生活家電、07-02 空調家電・機器

ユニット7は、生活家電や空調機器などが対象である。それらは人の生活をより便利で快適にするために生み出されている。しかし、娯楽や嗜好品とは異なり現代の生活にはなくてはならないものが多く、毎日の生活に直結している。
毎日の生活には多種多様なスタイルがあるが、その製品に合ったちょうど良い着地点を見つけるためには作り手が使い手の生活をよく理解した上で提案されている必要がある。評価をする上で、製品がそれをできているか否かに着目した。つまり、今年のグッドデザイン賞のテーマでもある「交感」が作り手と使い手の間で生じているかどうかである。

例を挙げると、今回の応募製品では操作が自動化されたものも多く見られた。自動化されることにより時間の余裕ができ、人の生活の質が向上するような製品が多くあった。
しかし、自動化することだけが「使いやすい」ということではない。アナログであっても「操作に迷わない」状況で、自動化とは別の「使いやすい」が提供できている好例も少なからずあった。
自動化だけに限らないが、その製品に応じた価値提供のあり方はどこにあるのか、的確な立ち位置を見定めている製品に評価が集まった。

この度のユニット7の審査結果を見てみると、右へ倣えの製品づくりではなく、作り手が独自の考え方で本当に良いと考えるものを追求している製品に共感が集まり高評価につながっていた。作り手独自の考え方がデザインを通して表現されているものには、結果的に美しさと品質、人と機器とのコミュニケーションの良さ、そしてオリジナリティーが兼ね備えられている。
特に評価が高かった製品は、「私たちはこういう製品が良いと思います。」という作り手の宣言のような提案が自然と伝わって来ると同時に、その内容がすっと腑に落ちる。
作り手と使い手の間に疑問符が少ないということが「交感」する力であり、共感を得る大きな要因なのだろう。

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宮沢 哲

デザインディレクター / プロダクトデザイナー

08-01 カメラ・携帯電話・タブレット、08-02 映像機器、08-03 業務用放送・音響機器

ユニット8は、情報端末からカメラ、レンズ、モニター、ソフトウェアなど主に「とる・みる」に関わる製品を扱う。多くはテクノロジーの先端をいくものであるが、人が実際に触れ、操作するといったフィジカルな要素が求められるため、それらの世界が衝突しないようにデザインがいかに介入し、高いバランス感覚でまとめるかが求められる。
全体を通じて、完成されたというニュアンスに近い「道具」という言葉が違和感なく、より理想に近づきつつあると感じるのは、時を重ねた成熟商品が多いからであろう。中でも時代が求める価値の顕在化や人間と機器との適切な距離を作り出そうと試みる物に評価が集まった。

「デジタルとフィジカルの滑らかさ」
審査は美しいだけではなく、実際の手触り感、ボタン・トルクの重さ、UIレスポンスなど感性表現に始まり、背後にある考え方や解決方法など広範囲にわたって議論し行った。中でもデジタルシネマカメラ(20G080402)はプロツールとして理想的なサイズや素早く確実な操作性を追求しつつ、1台で多彩な映像表現を実現するなど、目的と結果が滑らかに美しくつながった好例と言える。

「その先にある豊かさ」
高度な技術によって作られているものでも、技術優位性を強く謳うものは身を潜め、その先にある使う人の表現力と想像力を引き出す提案が数多く見られた。中でも360°小型カメラ(20G080387)は撮影を日常化したくなるカタチであり、小型ジンバルカメラ(20G080388)は手軽な動画撮影の先にある喜びを感じさせ、RAW現像ソフト(20G080422)は作品表現追求のための圧倒的高速処理の実現である。

「テクノロジーとの距離」
情報機器がもたらす利便性の裏でSNSやネット依存が問題視されるようになった。この通信端末(20G080385)は機能をあえて絞ることで、必要以外のスクリーンを見る時間を減らし、暮らしに「間」を提供する。この商品は私たちに絶え間ない進化の是非や、心地よい暮らしのあり方を一度立ち止まって考えさせるきっかけを与えた。

全体を通して言えば、変化量の少ない商品群に対し、やや窮屈ともいえる印象を受けたことや、必須とも言える環境負荷軽減配慮に積極的な取組みを訴えた商品は少なかったという印象が残る。
今後はこれらに加え、顧客の声に耳を傾け正しい進化を続けながらも、大きく変化する時代を読み取る洞察力によって生活がどう変化し新たな豊かさがもたらされるか。そんな新たな革新の意識も同時に期待したい。

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緒方 壽人

デザインエンジニア

09-01 一般・公共用情報機器、09-02 業務用情報機器

世界的なパンデミックによって、わたしたちの日々の生活や働き方がかつてないほど急激な変化に晒されている中、情報との接し方はその変化の大きな鍵を握っており、情報機器はそのインターフェイスとして重要な役割を担っている。パソコンやインターネットがなければリモートワークもオンラインコミュニケーションも成立しないのである。もちろん、一般的な製品の開発期間を考えれば、今年エントリーされたプロダクトのほとんどはコロナ以前に企画開発された製品であり、コロナ後の世界への対応を期待しすぎるのは酷ではあるが、より多様な働き方やライフスタイル、サステナビリティへの配慮など、グッドデザイン賞の審査の視点として掲げられている人間的視点、産業的視点、社会的視点、時間的視点、それぞれの視点に改めて立ち戻ってみると、その変化は前倒しで起こっているものの、目指すべき未来はそう大きく変わってはいないとも言える。
とはいえ、やはり今年、例年にもまして考えさせられたのは変化のタイミングやバランスである。ウェブサイトでも公開されている審査委員チュートリアルブックにも、審査のウエイトとして「十分な実績を積んだ改善型」と「全く新しい新規型」を分け、改善型については「デザインの適切性」を、新規型については「将来の可能性」をより重視して審査することが推奨されているが、では、ある製品が正常進化として着実な改善を重ねている点をどこまで評価し続けるべきで、どのタイミングで全く新しい新規型へのチャレンジを評価すべきなのか、その基準は明確ではない。着実な改善だけを続けていると、世界の大きな変化に対応できなくなってしまうし、かといって世界の変化の兆しを捉えた新しい可能性にだけ目を向けすぎると、ユーザーに向き合い改良を重ねていく誠実なデザインプロセスを評価できないことにもつながる。また、デザインの「魅力」と「正しさ」のバランスも常に悩ましい。SDGsなど社会課題の解決といった「正しさ」は年々重要性を増し、否定しようがなく評価も集まりやすいが、一方で、美しさや高い品質、完成度の高さといったモノとしての「魅力」もまたグッドデザイン賞が失ってはいけない要素である。そのバランスに明確な答えはない。審査する側も常に悩み議論を尽くしているが、その基準は今後も変化し続けるだろう。今年評価されたからといって未来もそれが評価され続ける保証はない。デザインに関わるあらゆる当事者が、外からの評価だけでなく、自らの視点であるべき未来を考え続けることを期待したい。

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朝倉 重徳

インダストリアルデザイナー

10-01 業務用装身具、10-02 工具・作業用機器、10-03 農具・農業用機器、10-04 生産・製造用機器・設備、10-05 医療用機器・設備、10-06 素材・部材、10-07 生産・製造技術、10-08 研究・実験用機器・設備、10-09 その他医療・生産プロダクト

ユニット10は産業/医療 設備機器のカテゴリーであることからCOVID-19関連の応募も多数寄せられた。フェイスシールドからPCR検査機まで、応募期限6月までの短い期間にもかかわらず、迅速な対応には心から敬意を表す。ただ、審査においてはスピード感を考慮しながらも、冷静に客観的に行ったことを伝えておきたい。

さて、改めてこのユニットの特徴だが、一つは新規事業への展開を高いレベルで実現している企業の存在だ。現代は、技術の進歩や社会の変化に基づくニーズの変化を背景に、既存事業だけでは生き残れない世の中になりつつある。存続のためには新しい領域への事業展開が必要だが、成功の鍵は自社の強みをいかに新規事業につなげていけるかである。そのことは近年このユニットの常連である富士フイルムの成功例でも周知の通りだ。今年、新たな事業展開をみせる企業としては、ソニーが長年培ったレーザーを使ったスペクトラム解析技術を応用して細胞分析装置(20G100617)を開発し、バイオテクノロジーの分野に参入した。また、ニコンは実績のあるエンコーダー技術をベースに多関節ロボット用アクチュエーター(20G100573)を開発し、産業機械の分野に参入。カシオは画像処理技術を応用し、皮膚癌の早期発見システム(20G100614)を実現し医療分野への進出を果たしている。

二つめの特徴は、ハードウエアとソフトウエアが連携された総合サービスとしての開発である。それによってユーザーは、目的の実行において一連の流れにストレスがない体験が可能となる。カシオの例では、専用カメラ、背面モニタ用アプリ、自動転送、ビューア用アプリなどシームレスに連続するハードとソフトが、一つのサービスとして開発されている。また、ニコンのアクチュエータでは、ハードウエア導入の障害となっている制御=ソフトを組込むことで、オールインワンという表現の総合サービスを実現している。

今年注目した二つの特徴は、結果として共通のプロジェクトで実現している。そこからは、社会の変化やニーズの変化を深く本質的なところで捉え、解決する、企業の本気の経営が感じられる。

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橋田 規子

プロダクトデザイナー

11-01 住宅用照明機器、11-02 住宅用空調機器・設備、11-03 住宅用建材・建具、11-04 住宅用内装用品、11-05 住宅用外装用品、11-06 住宅用キッチン、11-07 浴室・洗面・水回り、11-08 住宅用機器・設備

ユニット11は、生活の場を過ごしやすく安全にするための、住宅設備、建材の分野である。ざっくりいうと、空気や光や水をコントロールするもので、中には壁の中に隠れてしまうものや、長年使わないとわからないものもある。そういう意味で、この分野は性能評価が重要と考えるが、物理的に存在する以上、良い意匠や納まりであることがグッドデザインとしては必須である。
今年、気になったこととして、一つ目は、使っている時と使っていない時のデザインの扱い。未使用時はバランスの良いデザインであっても、使い始めるとバランスが崩れたり、未完成さが出てしまうものがある。使っている時こそ、人が近くにいるのだから、使用時の美しさを大事にすべきである。例えば、LED照明はケーブルを接続した充電時でも美しくあってほしい。エアコンは作動時でも静かな存在であってほしい。便器においてはふたを開けた時もすっきりした姿なら気持ちが良い。
二つ目は、住宅の外壁や内壁の建材がハンドメイド調のものが多かった点である。職人の不足で工期短縮に対応するために工業化されたものが増えたが、ここ2年ほどは、エイジング処理など、少し手間をかけた製品が見られる。木質系も同様である。精巧な写真印刷を使った外壁材もあったが、人にとって何が心地よいのか、もう一工夫を考えなければいけない。
三つ目は、フル機能からの脱却。エアコン、水栓、便器など、ひと頃はフル機能が当たり前であったが、必要な機能に絞ったものがみられた。操作部をシンプル化し美しくスリムにしたキッチン水栓や、建築にしっくり納まるコンパクト性を確保したものなど、ユーザーの最も優先する項目に応えた点が良かった。
新型コロナウイルス対策の機能を搭載した製品が少しみられたが、より完成度の高いものを今後に期待したい。また、見守り機能の設備も需要が高く、プライバシー問題を解決した製品を期待したい。

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田子 學

アートディレクター / デザイナー

12-01 店舗・オフィス・公共用家具、12-02 店舗・販売用什器、12-03 公共用機器・設備、12-04 業務用厨房機器、12-05 業務用機器・設備、12-06 業務空間用建材・建具

オフィス家具什器や設備のデザインを担当するユニット12の本年度の概評は、時代を象徴する2つのテーマに集約されるであろう。
一つ目は、COVID-19の世界的流行による強制的ともいえる社会変化に向けたデザイン。二つ目は働き方改革に端を発した企業内変革が顕在化した製品デザインである。

前者は言わずもがなCOVID-19渦中における対人コミュニケーションの在り方や、ウィズコロナと称されるように、今後どうコロナウイルスと付き合っていくのかを問うデザインがテーマとなっている。
今年のグッドデザイン賞のテーマとなる「交感」にも通じる要素だが、世界中が未だウイルスと戦っている現状においては知見も乏しく、誰にも「正解」はわからない。
故に審査において多く時間を費やしたのは、「デザインする」行為としての正しさであった。大切なことは流行性感染症があろうがなかろうが一過性のデザインではなく、本質的なコミュニケーションやオペレーションが可能であるか、そして製品に持続的価値がしっかりと内在しているか。この点を特に注視しながら審査を実施した。

後者は消費者として応援したくなるアプローチが目立ち、デザインの新たな潮流を感じるものであった。
この2年ほどは中小企業が得意な小回りを効かせた新たなものづくりやマーケット展開、コミュニティ作りの傾向が目立ったが、本年度では今まで動きの鈍かった大手企業が資産を活かしたものづくりに踏み切っており、サスティナビリティに対して具体的なエコシステム構築を目指した事例も多かった。いよいよ老舗の逆襲とも思える思い切ったコンセプトのデザインが多く見られたのだ。
そうして生み出された製品は実に個性的であり、自由な雰囲気が楽しい働き方を支援してくれそうだと感じられた。きっと大手企業はこのVUCA(Volatility、Uncertainty、Complexity、Ambiguity)時代を突破するために停滞限界を超えた域に入ってきたのであろう。

例年と審査会場も違えば、事務局運営も異例だらけの本年度審査では、感染防止対策を理由に応募者へリモートによるヒアリングを余儀なくされたりと、不便や反省点も多くあった。私自身もこのような混沌とした環境下ではこれまでとは違った思いや迷いが頭を巡ることも多かったように思うが、こうした大きな社会変化の中でもデザインで価値を創り続けている人たちがこんなにも多くいる事に敬意を表したい。

→ この審査ユニットの受賞対象

根津 孝太

クリエイティブコミュニケーター

13-01 乗用車、乗用車関連機器、13-02 業務用車両、業務用車両関連機器、13-03 自動二輪車、自動二輪車関連機器、13-04 パーソナルモビリティ・自転車、パーソナルモビリティ・自転車関連機器・商品、13-05 鉄道・船舶・航空機、13-06 移動・輸送システム・サービス(ロジスティクス・物流)

今年は「モビリティ」の意味が大きく問われた審査であったと思う。理由はもちろん年初から世界を襲った新型コロナウイルスである。「移動しない」という選択肢が当たり前となり、それは一方で、一人ひとりが、「移動することの意味」をより意識的に見出すための礎ともなった。
そのような状況の中で、モビリティユニットの受賞対象を改めて見渡してみると、いくつかの傾向があることに気づく。
まずは、自動搬送機やタイヤなど、物流の根幹を支えるための要素部品や技術。これらのものは、一見地味に見えるが、文字通り縁の下の力持ちである。購買行動におけるオンラインの比重が増えていくことが予想される状況で、ますますその重要性を増していくと考えられる。
次に、近年の大きな流れの一つでもある、社会的課題の解決を図るもの。モビリティという言葉で表される事象の広がりとともに、ハードウェアだけでなく交通システムなどの提案も多く見られるようになってきているが、今年は、作業員の死傷事件がきっかけとなって開発された、高速道路用の移動式防護車両や、人手不足の水産業において、デザインの力で働き手を惹きつけようとする遠洋まぐろ漁船など、新たな試みも見られた。
また、このような状況だからこそと言えるのかもしれないが、移動の楽しさを再認識させることを意図したものも目立った。ハードウェア単体の魅力としてそれを実現しようとした自動車や鉄道車両、ハードウェアと企業の枠を越えた取り組みが一体となり、旅の楽しさと観光による地域活性化の両立を目指した旅客船の提案もあった。
さらに、移動のための道具を超えて、人のパートナーになることを意図したモビリティも提案された。移動するということが、人にとってどういう意味を与え得るのか、真正面から取り組んだ提案の今後にも着目したい。
モビリティにとって100年に1度の変革期であることが声高に叫ばれて久しいが、今年の受賞対象からは、次代を睨んで模索しているものが多く見受けられ、たとえ小さな一歩であっても、地に足のついた解決策にまでたどり着いた提案が多かったように思う。

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手塚 由比

建築家

14-01 商品化・工業化住宅、14-02 戸建て住宅、14-03 共同住宅、14-04 小規模集合住宅、14-05 住宅用工法・構法、14-06 戸建・小規模住宅関連のサービス、システム/HEMS

ユニット14は戸建住宅や小規模集合住宅のユニットである。ハウスメーカーの住宅、工務店が設計施工した住宅、設計事務所が設計した住宅、また小規模集合住宅として、賃貸住宅、高齢者住宅、学生寮、海外の住宅、そして住宅建材までと応募は多岐にわたる。今回の審査を通して感じたのは「全体的なレベルが上がっている」ということである。住宅のあり方に対する現状認識に始まり、批評性、提案性といった点でグッドデザイン賞としてのハードルが上がってきているので、以前であれば受賞できていたような一定の水準の対象でも、さらに踏み込んだ部分が求められていると思った。それとともに、社会のデザインへの要求・期待するレベルが確実に進歩しているのを実感した。応募作品のそれぞれが、住宅建築に関わる業界の枠内を超えて、社会を良くするための一歩進んだ提案ができているかどうかを常に意識しながら審査を行った。
その中でベスト100に選ばれたのが、MUJI HOUSEの「陽の家」(20G140858)、神奈川大学の国際学生寮(20G140911)と福島・飯館村の大師堂住宅団地(20G140921)である。「陽の家」は、無印良品の家の平屋バージョンとして開発された。別荘としても通用しそうな気持ち良さそうな住宅が、低価格で実現されているところを評価した。現在コロナの影響もあって、アウトドアライフが見直されているが、そういった時代を予見していたかのような提案となっている。神奈川大学の国際学生寮は、共用部がまちのような魅力を持った学生寮である。共用部の吹き抜けに突き出したポットと呼ばれる居場所が、多種多様で魅力的だ。狭い個室にいるよりも、そういった居場所にいる方が楽しいと思える巧みな空間構成で、学生の交流をうながしている点を評価した。大師堂住宅団地は、東日本大震災後に建造された応急仮設住宅を解体移築して公営住宅団地として再生したものである。仮設住宅の計画時から再利用を想定してログハウスとして建設し、解体移設の時に断熱など必要な手を加えることで新たな住宅として成立させている。通常であれば解体され破棄されてしまう仮設住宅を再利用したことは、社会的に大きな意義がある。
いずれも用途性や目的性は異なるものでも、今後の社会における住まうための場のモデルともなりえる作品として特に注目される。

→ この審査ユニットの受賞対象

篠原 聡子

建築家

15-01 中〜大規模集合住宅、15-02 中〜大規模集合住宅関連のサービス、システム/HEMS

今年の応募作品を概観してみると、総じて、デザインのレベルがあがり、洗練を感じさせるファサードやプランニングの作品が多かったが、強い新機軸を打ち出した作品はそう多くはなかったという印象である。その中でも、グッドデザイン賞を受賞した作品には、ある確かな意思が感じられた。特に、ベスト100にはいった社員寮「FLATS WOODS木場」(20G150955)は、単に木造の高層建築というだけの新奇性にとどまらず、山林の地主や商社、木材工場などとの協働により、木材の調達、木の耐火構造材の開発から建築まで、日本の資源としての木材の可能性に踏み込んだプロジェクトであり、その丹精な佇まいとともに、循環型社会への強いメッセージ性をもっている。それとは、一見まったく異なる取り組みである「床快full」(マンションの住戸の床空調システム)(20G150996)は、住戸に設置されるお決まりの壁型エアコンによる空調を廃して、既存の製品を組み合わせることで、床からの空調を実現している。それによって、住戸内に安定した快適な空間が実現するだけでなく、省エネルギーにもなるという、これもまた循環型社会に貢献する取り組みであるが、それ以上に日常に埋没した当たり前に疑問をもつことが、創造の原点であるという基本姿勢をしめしている。
循環型社会に加えて、もう一つの、キーワードはローカリティだと思う。コロナ禍で、人々の生活スタイルが変わり、とくにリモートワークの一般化は、住まいの在り方を変え、集合住宅は今までと異なる使命を帯びたように思う。それは、住戸の間取りの問題に限らず、コモンスペースや外部との接続の仕方など、日常の多くを過ごす住まい、およびその周辺の在り方が暮らしの豊かさに直結することが実感された。そして、その豊かさをつくるのはいかにその場所を読み込み、そのローカリティを空間化するかということであると思う。今回の応募作品の中には、フロントヤードからのゆったりとした住戸へのアクセスや居住者が集う清々とした中庭の風景など、接地階の扱いにその立地を生かし、地域性を感じさせるデザインを見ることができ、今後の集合住宅におけるローカリティのデザインの方向性を示すものを発見できたことは大きな収穫であったと思う。

→ この審査ユニットの受賞対象

原田 真宏

建築家、大学教授

16-01 産業のための建築・空間・インテリア、16-02 商業のための建築・空間・インテリア

ユニット16は商業・産業系の建築が審査対象である。いわゆるコマーシャル・ビルディング=利益施設と呼ばれる建築群であり、その都市における存在の重要性に反して、アカデミックな建築学の流れの中では、必ずしも良い印象を持って受け取られることのなかった分野だ。それは何故かというと、このビルディングタイプは「なるべく多くの利益を上げること」が最上位の目的とされるため、都市景観や地域コミュニティへの配慮が薄く、むしろそれらを蔑ろにし、害してきた過去があるからである。今回、初めてこのユニットの審査に係ることになったが、私もそんなエゴイスティックな「優秀な集金施設」を延々と見せつけられはしないかと、内心恐れる所があったが、しかし、その予想はいい意味で裏切られることになった。
たとえば、これまでの典型的な商業施設に箱形の大型ショッピングモールがある。これはその内部で商行為が完結するように、都市に対してはほとんど完全に閉じていて、街並みや都市の賑わいに寄与するところはなく、それどころか、その巨大なボリュームによって周囲の都市空間を圧殺するかのようですらあった。その種の商行為はまるで焼畑農業のようにして、一時の収益と引き換えに、都市を全国的に荒廃させてきたのだが、そういった旧来型のプロジェクトは、今回は少数派であり、むしろ、都市に開き、積極的に都市空間の賑わいや景観の向上に寄与することを求めるものが多かったように感じられた。エゴイスティックに自らの利益のみを求めるのではなく、周囲の環境を向上させることで人々の賑わいを生み出し、その結果、自身の収益も高まるという考え方である。それは焼畑的な一時的利益の追及から、サステナブルな利益保全への商業の進化であり、この国の商業の成熟と言っても良いだろう。
一時的で利己的な商業から、通時的で利他的な商業への転換。まさに「交感」という今回のテーマに相応しい全体的な傾向が見て取れたように考えている。

→ この審査ユニットの受賞対象

伊藤 香織

都市研究者

17-01 公共の建築・空間、17-02 ランドスケープ、土木・構造物、17-03 街区・地域開発、17-04 産業・商業・公共建築のための構法・工法

今年度は、公共建築・土木・景観が産業・商業建築と分かれて独立したユニットとなった。私たちが人生の中で公共的な空間で過ごす時間は長く、過ごし方のモードも多様だ。本ユニットは、インテリア、建築、地区、インフラなど幅広いスケールをカバーするが、ひとつの作品が特定のスケールだけで完結せず、デザインの効果がスケールを横断する作品も少なからず見られたことは興味深い。また、フィジカルな空間のデザインに加えて、計画プロセス、参加や運営の仕組み、資金調達、ブランディングなどを含む総合的なデザインがなされている作品が多く、所謂ハードとソフトが連携したデザインがスタンダードになってきていることがわかる。

本年度の特徴のひとつに、保存やリノベーションの優れた作品が多かったことが挙げられる。単なる復元や小ぎれいな空間の創出に留まらず、歴史性の解釈や現代に生きる建築としての意味においてバリエーションが見られた。スクラップアンドビルドが続けられてきた日本で保存やリノベーションの重要性が叫ばれて久しいが、その考え方や手法が成熟してきていることを感じさせる。もう少し一般化して考えると、空間のデザインに取り入れられた時間のデザインと見ることもできる。仮設・暫定の空間から保存やリノベーションまで、さらには、自然災害が激甚化するなかで、どのように環境や地域を復興しあるいは新たな価値を創出して未来につなぐかといった課題まで。

海外からの応募作品も増えており、ビジュアルに優れた作品が散見される一方で、どのような地域文脈に対するデザインなのかの説明が欠けていると、評価しづらい場面もあった。来年度以降の応募の参考にしていただけると幸いである。

COVID-19パンデミックによって、他者と集まり出会い交流することが危険だと認識されるようになった。また、社会的交流の少なからぬ部分がICT(情報通信技術)で代替できるという認識が急激に広がった。そのときに、公共的な実空間にはどのような意味があるだろうか。社会的な広がりと多様性や、過去から未来への時間的なつながりの中での自分の存在を身体的に感じられること。様々なリスクから身体や生活が守られるとともに、日々の生活体験が豊かに感じられること。そうした性質は、本年度の応募作品にも見出すことができる。今後、ICTなど新技術と融合された空間の提案も増えていくだろう。そのときにこそ、社会における実空間の意味が際立つのではないだろうか。

→ この審査ユニットの受賞対象

佐々木 康晴

クリエイティブディレクター

18-01 メディア・媒体、18-02 一般・公共用コンテンツ、18-03 業務用コンテンツ、18-04 広告・PR手法、18-05 展示・ディスプレイ、18-06 ブランディング・CI/VI、18-07 フォント、18-08 一般・公共用パッケージ、18-09 業務用パッケージ

このユニットでは、商品パッケージから、展示会、テレビ番組、広告やブランディング活動、フォント、モバイルアプリに至るまで、多種多様なデザインを評価する。そしてこれらは、プロダクトや建築に比べると「機能性」が少ない分、その時代の「人や社会との関係性」によって価値が大きく変わるところが面白い。
例えばパッケージは、かつてはお店の棚でいかに目立つかが重要であったが、今は、お店で偶然その商品を見つけて買うということも期待しにくい時代であり、それよりも、ブランドの存在意義をユーザーが深く理解するための「媒介装置」になっているかどうかが重視される。具体的に言えば、スキンケアのパッケージ「バウム」(20G181148)は一つひとつ表情の違う木目に愛着を感じさせながら、植樹活動を通じて樹木との共生という意義を伝達しているし、お菓子の「ギフトポッキー」(20G181153)は、SNS文化において誰かに贈りたくなり笑顔を誘発させるという、ブランドに根付いたコミュニケーションツールになっている。
また、この「人や社会との関係性」をつくるデザインは、テクノロジーの普及により新たな広がりを見せつつある。紙や画面上での表現、プロダクトの形状だけでなく、ありとあらゆるものが関係創造装置になるわけで、細部のインタラクションや音のデザインも重要となる。例えば、「緊急地震速報チャイム音」(20G181182)は、日本で暮らす人なら全員が知っていると思われるが、世の中のどの音とも違う響きで、人をパニックにさせず冷静に避難させるという「音による行動デザイン」を成し遂げている。
このユニットにおいて、急激に社会状況が変わりつつある今は、新しいデザイン価値が生まれるチャンスでもある。「人や社会との関係性」といっても、社会貢献や社会課題の解決だけが価値になるわけではない。誰かを笑わせたり、人の背中をそっと押してあげるようなデザインにも大きな価値がある。

→ この審査ユニットの受賞対象

長田 英知

ストラテジスト

19-01 一般・公共用アプリケーション・ソフトウェア、スマホ・タブレット向けアプリ、19-02 一般・公共用システム・サービス、19-03 保険・金融サービス・システム、19-04 業務用ソフトウェア、19-05 業務用システム・サービス、19-06 ビジネスモデル、19-07 社会基盤システム/インフラストラクチャー

ユニット19のカテゴリーである「システム・サービス・ビジネスモデル」は、スマートフォンのアプリケーションからB to Bシステム、さらには新しいビジネスモデルと幅広い分野を審査対象としている。

このカテゴリーでは例年、社会のホットな課題にフォーカスを当て、新しい解決策を提示する「時代を表現する」デザインが数多く提案される。今年はこの傾向が特に顕著であり、なかでもCOVID-19に対する様々な角度からの取り組みに関する応募が際立っていた。Best100にも選出された「東京都」(20G191216)や「Zoom」(20G191238)は、COVID-19がもたらした非常事態下で正確な情報を伝え、経済を回すためのスピード感のある解決策を提示するだけでなく、これまで内在していた社会の障壁を崩し、時計の針を一つ前に進めた点において意義深い。同じくBest100に選出された「さきめし」(20G191217)も非常事態下における単発のソリューションではなく、持続可能性のあるサービスがデザインされている点が高く評価された。

一方、環境問題や資源循環、地域活性化など、中長期かつ根源的な社会課題に骨太に取り組む優れたデザインも数多く見られた。ポリエステルの古着を集め、リサイクルし、洋服の原料に再生する「BRING」(20G191255)、水道のない場所での水利用を実現するポータブル水処理プラントの「WOTA BOX」(20G191266)、栃木県という限定された地域内での事業承継を支援する「ツグナラ」(20G191253)などは、独自性のある高い技術や知見を土台に、ユーザーニーズに沿ったサービスをデザインすることで成果を挙げている好例である。

最後に審査を通じて感じたことについて述べておきたい。本ユニットの受賞作の多くは、COVID-19後の社会における私たちの「つながり」のあり方を様々な形で示唆していた。例えば「Zoom」や「Theta 360 biz」(20G191244)は物理的に離れていても、人と人がつながることを可能にした。「さきめし」は180日以内という近未来で店舗と顧客のつながりを支援し、「ツグナラ」や「TOKYO WOOD」(20G191257)は世代を超えてつながるための仕組みをデザインしている。

COVID-19はグローバル・ネットワークに内在する負の連鎖のリスクを私たちに突きつけた。しかし時に悲しみや混乱を生み出すとしても、人はその根底において人とつながっていくことでしか生きていくことができない。その切実な思いを可能にする新しいデザインの提案を今後も期待したい。

→ この審査ユニットの受賞対象

井上 裕太

プロジェクトマネージャー

20-01 一般・公共向け取り組み・活動、20-02 地域・コミュニティづくり、20-03 個人・公共向けの意識改善、20-04 産業向け意識改善・マネジメント・取り組み、20-05 社会貢献、20-06 教育・推進・支援手法、20-07 研究・開発手法

「取り組み・活動・メソッド」というお題に、宇宙空間を目指す研究から個人の活動まで、空間の設えからソフトウェアの展開まで、国家施策から発想法まで、25年続く取り組みからCOVID-19への対応まで、多様な応募があった。

評価された活動にはいくつかの特徴がある。
POWER OF DESIGN: 少子化や人種問題など困難な社会課題にデザインの力 ―
それは共創のあり方であったり、見立ての鮮やかさであったり、あるいは緻密なエグゼキューションであったりする― で切り込んだ一群。
POWER OF COMMITMENT: 組織として特定のイシューに経営から現場までコミットし、事業資産を生かし粘り強く活動を続け、堅い壁を突破したプロジェクト。
POWER OF SPOTLIGHT: 多くの人には意識されてこなかったテーマを浮き彫りにし、独自のアプローチでそれを照らし出した取り組み。

一方で、評価されにくかった案件は、素晴らしい目的に対し課題解決へ向けた道筋が不明確であるもの、また成果物の美しさやディティールへのこだわりが十分でなかったものが多かった。アジア各地からの応募がひしめく中、”FOR GOOD”にとどまらないインパクトへの執着や、交感を生む美しい有り様へと磨き上げる作り込みが求められた。

最後に、いくつかの潮流に触れたい。
「循環」: 持続可能性のためのグローバルな循環、コミュニティ内での循環、個人の中の良き循環によるウェルネス…多様な循環の実践に希望を感じた。
「文化」:伝統文化のアップデート、文化遺産のリノベーション、異なる文化のクロスオーバー。アジア中で、文化のための活動が広がりを見せている。
「台湾」:政府、企業、アカデミア、NPOそれぞれがデザインを基軸にした活動でインパクトを生んでいる。隣人の取り組みから、開かれた社会のためのデザインのあり方を学び取りたい。

→ この審査ユニットの受賞対象