GOOD DESIGN AWARD | GOOD DESIGN COMPANIES ~グッドデザインを生み出してきた企業の物語~

第1回 キヤノン株式会社「グッドデザイン賞とキヤノン 総合デザインセンター、60年のあゆみ」

1957年、第1回グッドデザイン賞を受賞したキヤノンのカメラ「L1」。精緻なつくりと海外製品の模倣から脱却しようと試みた独創的なかたちは世界のメディアも驚かせました。以来、60年にわたって数多くのグッドデザイン賞を受賞してきた同社の製品。時代とともにイノベーションに挑戦してきたキヤノンデザインの歴史を、総合デザインセンターの石川慶文所長に振り返っていただきました。

XC10  4Kビデオカメラ2015年度グッドデザイン賞 4Kビデオカメラ「XC10」
「EF11-24mm F4L USM  超広角ズームレンズ」2015年度グッドデザイン賞(グッドデザイン・ベスト100) 超広角ズームレンズ「EF11-24mm F4L USM」

“デザインの目標”としてのグッドデザイン賞

キヤノンはグッドデザイン賞が始まった1957年から現在までエントリーされてきました。御社では同賞をどのようにとらえているのでしょうか。

第1回グッドデザイン賞を受賞したのがカメラ「L1」(受賞番号10001)と8ミリシネカメラ「8T」(受賞番号10002)です。以来、グッドデザイン賞と私たちのおつきあいは今年で60年を迎えます。昨年は、超広角ズームレンズ「EF11-24mm F4L USM」2015年度グッドデザイン賞(グッドデザイン・ベスト100)、4Kビデオカメラ「XC10」2015年度グッドデザイン賞を受賞しています。同賞にエントリーすることは、市場における自社製品のポジションの確認に加え、これまでGマークを冠してきたキヤノン製品の歴史に照らし合わせ、先代がつくったものと同じレベルに達しているかを問うこと。受賞することによって、その答えが明らかになるという意義があります。キヤノン総合デザインセンターにとってグッドデザイン賞は「デザイナーが目標とする大変重要なモチベーション」となっているのです。

カメラとして初めてグッドデザイン賞を受賞した「L1」について教えてください。

キヤノンは小さな工場でカメラをつくり始め、世界に羽ばたいていった会社。グッドデザイン賞がスタートした1957年頃、日本の工業では、海外製品の模倣から脱却し「創造」へと切り替えていこうという大きな目標がありました。そのなかでわれわれの先輩方が挑んだのは、海外のカメラとはまったく逆の手法を採ること。当時このクラスのカメラには軍艦部と呼ばれていた上の面にたくさんのボタンやダイヤルなどの凹凸がありました。「L1」ではフィルム巻き上げ機構を上部レバー回転式に変更し、平らにフラッシュサーフェース化。上部に定規を乗せれば、すべての部品が同じ面で揃うようになっています。これが非常に精緻なつくりであること、また、前機種から大きく価格を下げ、モダンデザインを一般の手に届けようとした努力も評価され、第1回(1957年)グッドデザイン賞をいただきました。

L1精緻で端正な外観が評価された「L1」(1957年)

グッドデザイン賞を取ったことで製品の訴求に影響などはありましたか。

いただいたGマークをカタログに印刷し、「優秀製品第一号に輝くキヤノン製品」として告知しました。
当時、一般の方にとってデザインという言葉がどれほど定着していたかはわかりませんが、デザインという視点で賞を受けたということはお客さまにとっても新鮮に映ったのではないでしょうか。
 また海外の「INDUSTRIAL DESIGN」という雑誌が「Canon camera: Japan designs for the world market」という見出しで、日本のデザインが世界に向かってはばたきはじめていると伝えています。
キヤノンは「世界一流のブランドになるためには独自のものをつくらなければならない」と考えて、それを最初に認めてくださったのがグッドデザイン賞。Gマークの発信力によって海外のメディアが取り上げてくれたのは非常にありがたいことでした。

グッドデザイン賞受賞記念のカタロググッドデザイン賞受賞記念の
カタログ

いちはやくインハウスデザイナーが活躍

キヤノン初の8ミリシネカメラ「8T」も57年にグッドデザイン賞を受賞しました。

シネカメラは光学技術やフィルムを駆動させるためのメカ技術などいくつもの要素を擦り合わせて、手で持てるように軽くコンパクトにまとめる必要がありました。また、撮影しながら操作するレバーも複数あるため、この分野に精通した専属の工業デザイナーが配置されました。そのデザイナーは開発の初期段階から商品像や持ち方を考えると同時に、社内の技術をとりまとめ、部門間のコラボレーションを円滑にする役割を担いました。加えて「それをどうやってつくるのか」ということも折り合いをつけなければなりません。デザイナーが開発と製造の間に介在することによって、絶えず商品像を睨みながらエンジニアリングの部門が協力することができました。
これらのカメラが成功したことで、経営陣にも「デザイナーが社内にいることでスムーズに協力体制ができるんだ」ということが理解されたのです。1962年(昭和37年)キヤノンでは、工業デザイン課、すなわち社内のデザイン組織がスタートします。

ミリシネカメラ「8T」キヤノン初の8ミリシネカメラ「8T」(1957年)

今日のキヤノン デザインに通じるイノベーションに挑戦したTシリーズ

以降、多くのキヤノン製品がグッドデザイン賞を受賞してきました。1983年には「T50」がグッドデザイン大賞に選ばれました。

世界規模のベストセラーとなった「AE-1」(1976年)の後に発表したTシリーズはキヤノンにとっても大きなイノベーションを起こした製品です。83年から86年という短い期間に4機種(「T50」「T70」「T80」「T90」)すべてがグッドデザイン賞を受賞し、そのうち「T50」は大賞、「T80」は金賞に輝きました。
 「T50」は「革新的なデザインをカメラのなかでやっていこう」と取り組んだものです。一眼レフを使ったことがない人でもフィルムを入れれば自動的に装填され、レンズのピントを合わせてボタンを押すだけで写真が撮れる。運動会でお母さんが子供を撮影するという使用シーンを提供していった先駆けとなりました。
 チャレンジングなマーケットに参入しようという商品はエンジニアとの密接な協業によってできますから、彼らにとっても大賞を取ったことは非常に励みになったと思います。

Tシリーズは造形面でも革新的なカメラと評価されました。

それまでのカメラが金属の質感を重視していたのに対し、Tシリーズはあえてプラスチックの良さを前面に打ち出しました。ボディ色は黒ではなくダークブルーグレーという色。質感としても新しい世代の商品に相応しく、今まで機能一辺倒だったカメラに少し洒落た雰囲気を与えました。85年に金賞をいただいた「T80」には液晶が付き、ピクトグラムで撮影モードを選択します。通常液晶表示は選択したものだけが表示されますが、通電していない状態でも選択肢が見えるようにするなど、ユーザビリティへの細やかな工夫が見てとれます。当時はまだインターフェースデザイナーはいなかったため、GUIもプロダクトデザイナーがやっていたようです。

T50ダークブルーグレーのボディ色を採用した「T50」(1983年)
「T80」の非通電時の液晶表示(左)と通電時の液晶表示「T80」の非通電時の液晶表示(左)と通電時の液晶表示(右)

「T90」では初めて外部デザイナーとのコラボレーションが実現します。

Tシリーズの最終機種である「T90」はドイツの工業デザイナー、ルイジ・コラーニ氏とのコラボレーションによるものです。この時、外部デザイナーとの円滑な協働とメディアに対して適切な情報を発信するため、デザイン部門内に企画部門が創設されました。デザインの広報的な役割を担うメンバーを増やしたのです。当時にしてみれば製品がエキセントリックなかたちをしているので、厳選された言葉で「なぜこのかたちなのか」という説明をしたり、デザインから生産までのプロセスをきちんと伝えるようにしたのです。そうした取り組みも早かったのではないかと思います。

曲面の多いデザインを造形のデータにして、製造部門に渡してプラスチックを成型するという工程も当時はなかなか難しかったんです。手描きの図面をCADに入力するわけですが、まだ2Dの設計システムだったため、微妙なニュアンスを表現しきれませんでした。そこで複数のCADソフトでつくった金型を見比べて、最も曲面の表現が理想に近いデータを部分毎に個別に採用していました。このカメラのために人材を集め、非球面レンズの設計製造を担当していた人たちがプロジェクトに参加してくれたために、この造形が実現できたのだと思います。

T90ルイジ・コラーニ氏とのコラボレーションによる「T90」(1986年)
コラボレーション時のコラーニ氏スケッチ
理想の曲面が再現されたトップカバーの金型製作用マスター

広がるデザイナーの役割

時代と共にデザイナーの活動の場が広がり、特にデザイン部門の優れた能力が顕著に表れてくるのがEOSからです。カメラはユーザーが手に持ち、非常に近い距離で外観を見るために、細かい面の状態がよくわかる製品です。さらにボディカラーは黒ですから、ハイライトが当たると歪んだ部分が一目瞭然なんですよ。ですから、より繊細な視点をもって造形していかないと、お客様に納得してもらえるものにはなりません。EOS以降、カメラがフィルムからデジタルに変革する中で、キヤノンのデザインプロセスもデジタルデザインへと移行していきます。
 2006年になるとモデラーが加わり、自動車のデザインと同様にデザイナーとモデラーという層の厚い体制になっていきます。それにより製品ラインナップが増加してもクオリティの高い有機的な造形を水平展開する事が可能になりました。さらに、3Dデータから社内でCGやムービーをつくり、製品プロモーションやパッケージに使用するなど、その活動範囲は拡大しています。またインターフェースにおいても、専任のメンバーがユーザビリティテストを繰り返し、屋外での視認性が高くカメラに最適化されたGUIをつくり上げました。

EOS 7D「超流体デザイン」というキャッチフレーズで発表された「EOS 7D」(2009年)
EOS 80Dモデラーによるデジタルデザインの力量が生かされた「EOS 80D」(2016年)
製品プロモーションやパッケージにもCGが使用されている
ユーザビリティテストを繰り返して作られたGUI

非常にレベルの高いコンペティション

グッドデザイン賞の審査についてはどのように感じていますか。

私たちはGマークの第1回から長い期間カメラを応募しています。もしかしたらカメラはグッドデザイン賞のなかでも最も成熟したアイテムかもしれませんね。私たちはカメラのエルゴノミクスデザイン、インターフェースデザイン、そしてスタイリングを絶えず進化させています。ユーザーである人間の身体は不変ですが、カメラデザインの進化に終わりはありません。Gマーク審査員の方々がその進化を丁寧に見てくださっていますね。それはウェブで公開される審査員の丁寧な評価からもわかります。他社の受賞製品を見ても、「これはよくできている。さすがトップクラスの仕事をしているな」と気の引き締まることも多いですね。このカテゴリーで長年切磋琢磨してきた者たちが集まる、非常にレベルの高いコンペティションだと思います。

受賞時のデザイナーの皆さんの反応はいかがですか。

デザイナーにとって賞をいただけるのは嬉しいことです。世界に認められたデザイナーになった証として喜んでいるようです。自分が手がけた製品が受賞してG展会場に展示されると、家族やパートナーを招いたりしているようです。「ベスト100」に選ばれたときに行うプレゼンテーションでもみんな一生懸命準備して取り組んでいます。賞を取るだけでなく、そうした舞台に立てるということも大きなモチベーションになっています。私は受賞をデザイナー個人の功績にしたいと考えているので、社内で表彰式を行ってデザイナー全員でその名誉をたたえます。

総合デザインセンターの今後の目標について教えてください。

ポリシーとして「表現者を支える」ということを大切にしています。最新の機種にも、フォトグラファーを筆頭とする表現者の方々が最大限のパフォーマンスを発揮できることをデザインの目標として追求しています。これからのデザインに期待してください。

EOS-1DXmarkⅡプロフェッショナル向けフラッグシップモデル EOS-1DXmarkⅡ 2016年4月発売
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