[ユニット16 - システム・サービス]
日 時: 2019年11月2日(土) 14:30〜15:30
ゲスト: 林 千晶 委員(ユニット16リーダー)、井上 裕太 委員、長田 英知 委員、水野 祐 委員
はじめに:その技術が誰を幸せにしたいのか
林 今回私がユニット16を審査して感じたことは、単に技術というだけではなくて、その技術が誰を幸せにしたいのかということが明確にないと、受賞も難しいし、ましてはベスト100に選ばれるのも難しいな、ということでした。ユニット16からは、47件がグッドデザイン賞を受賞しましたが、その中から、今日はユニット16からベスト100に選ばれたものを中心にどういうものがあったのかお伝えしていければと思います。
サービス [キャンピングオフィス](グッドデザイン・ベスト100)
井上 こちらは、もともとキャンプ用品を作っているメーカーのスノーピークが、「人間性の回復」みたいなテーマで、働く場所とか働く人のためにその知見を活かせないかということで始められたサービスです。実際にキャンプしながら働いてみようとか、オフィスの中にキャンプをするような装備とか環境を導入することで、働き方を変えられないかという取り組みです。すでに200社くらい体験していて、テクノロジーやサービスの、その設計から誰を幸せにできるのか、そういうビジョンがあるところが評価されました。
近年、働き方改革が大きな社会テーマになっていて、どちらかというと「なるべく働く時間を減らせないか」などがすごく大きいテーマになっていると思いますが、これはちょっと違う切り口で、働くことそのものがもっと人間的な営みにならないか、ということを意識した設計になっています。これまでキャンプ用品を本気で作り続けた人たちが、アウトドアで垣間見える人間性をオフィスにも本気で持ち込めないか、という意図はものすごく感じました。その結果みんな笑顔になっていることが印象に残っています。
そういう視点がみえたり、そこへの努力が見えるということは、大きな軸の1つだったかなと思います。
長田 今、必ずしも会社に行かなくても仕事ってできるようになっていて、パソコンとスマホがあればどこでも仕事できる時代に、逆に会社のオフィスにわざわざ行く意義というのがなかなかなくなってきてるのかなと思っています。その中で、このキャンピング・オフィスをやることによって、仕事というよりは、そこで集まって新しい刺激を受けるとか、そういう目的を持って行く、というようなところは面白いのかなと思いました。
林 オフィスが「行かなきゃいけないところだから面白くしなきゃ」という時代から、「必要なとき以外は行かない」という風に10年後にはなってると思うのですが、必要なときに行って顔を合わせることの価値を高めていかなければいけないという過程の中で、こういうものも1つあるのかなという事例だと思いました。
水野 ちょっと違う視点から、サービス・デザインとかシステム・デザインとして、これよりも研ぎ澄まされているものは他にもいくらでもあったと思うのですが、兆候というか萌芽というかそれが今ちょっと変わりつつあるんだなと感じていて、それが特徴的に出てるのがこのサービスかなと思いました。業務改善とかモチベーション改善とか、そういうツールやサービスは去年からたくさん応募があるのですが、それ以外の視点でこれ見つけて、ある種のメッセージ的に選んだというとこがあるのかなと感じています。
空港ソリューション [税関検査場電子申告ゲートを中心としたSmart Airportの取り組み](グッドデザイン・ベスト100)
井上 こちらは、NECがもともと持っている顔認識技術の精度が高い技術をベースにして税関をウォークスルーできる仕組みがあるという点と、空港全体のユニバーサルデザインを考慮しているという点が評価されました。2020年という年に、体験全体を設計するような取り組み、しかもその企業に元々コアにある技術を使って、日本人も海外からくる方も体験がよくなる全体の取り組みそのものがすごく意味があるんじゃないかということで選ばれたと思います。
全体の取り組みを設計し実装することはとても大変だと思うのですが、NECのようなインフラ企業がもともと持っている生体認証技術をうまくサービスの中に取り込んで、大きなインフラ・システムをデザインしたところはすごく評価されたのかなと思っています。
スポーツ向け判定システム [AI自動採点システム](グッドデザイン金賞)
林 これから来年のオリンピックに向けて、どんどん海外から人が来て、空港が新しく変わっていくときに、点じゃなくて面で変わって欲しいというのがありました。こちらのAI自動採点システムもオリンピックを意識しています
長田 これは、体操の競技を実際カメラで撮って、そのカメラが自動的に点数を判定するという仕組みで、これを今オリンピックに向けて実用化しているプロジェクトです。
今回他の応募対象の中には、「AIを使って」とか「IoTで」とか説明の言葉を使うけれど、これのどこがAIなの?というものが多かったんですが、そういう単にAIとかIoTというだけではなくて、実際なにかの価値に結びついて、社会的につながっていくというようなものが、こちらの特徴でもあるのかなと思いました。
林 AIが、人間ではできなかったところを補うという部分をうまく使っているところがすばらしかったですね。
長田 サッカーなどでもビデオ判定とかありますが、ルールが決まっている中で、人間では難しい判断をAIとか映像技術を使ってしていく、というのは1つの領域としてこれから広がってくるのかなと印象はありました。
コラボレーションツール [Slack](グッドデザイン・ベスト100)
水野 こちらは、この審査委員4人の中でも使ってない人はいないという圧倒的実績だけではなく、Slack Japanとしての改善を本国にアプローチして、採用されてアップデートされているという点が評価されました。
クラウド診療支援システム [CLINICS](グッドデザイン・ベスト100)
水野 こちらのサービスは、予約管理、オンライン診療、電子カルテという全部で3つのサービスが統合されたもので、全般的な医療システムとして今回受賞しました。医療支援のサービスでは、予約もお医者さんのツールも電子カルテも、全部独立した様々なそれぞれの強みをもったサービスがバラバラに導入されたりすることが多いのですが、それを統合する形で、患者目線でわかりやすいUI/UXでデザインされているというところが高く評価されました。
規制が強く、遠隔診療やオンライン診療もまだ自由にやれる状況ではない中、少しづつ市場や可能性が開いている部分を、コミュニケーションやUI/UXのブラッシュアップ、ロビイングも含めた丁寧なサービス・システムデザインで切り開いてきたていうこと全般的なところが高く評価されました。
デジタル技術で改善できるようなところはだいぶ刈り取られてきて、エネルギーや医療、教育、金融などの重めの規制産業がこれからすごく動いていく部分になりがちなときに、ルール・メイキングも含めたデザインをうまく丁寧にやっている先例として評価されたと思います。
井上 ユーザー目線で見ると「なんでやってなかったんだろう?」と思うようなことが、このシステムでは全部APIで繋げられるので、どの電子カルテ・サービスを使っていても使えるようになっています。外から見るとすごくシンプルに全部でAPIでつながった、ということを、裏でエンジニアが死ぬほど大変でも、コストがかかっても、やりきるんだという汗水をプレゼンに感じました。それをやりきることで、ユーザー・ポテンシャルがあがるのはすばらしい。
オーダーエントリーシステム [Airレジ ハンディ](グッドデザイン・ベスト100)
井上 こちらは、すでに先行サービスのPOSレジアプリ [Airレジ]でグッドデザイン賞を2014年に受賞しています。今回受賞したハンディは、オーダーから配膳までのフローを全部に入り込んだサービスなんですが、これも開発側の汗を感じます。先行サービスでレジに入り込むと、当然いろんなレストランからの要望がいろいろ出てきたはずです。その中で負荷がかかっているところ、どうオーダーとって調理して配膳するかという全体にまでシステムを入れて改善する、しかもそれがエアレジの既存の仕組みと組み合わさることで、よりユーザビリティもあがるというところをやりきっている点がすごく意味があると思います。
たとえばこれからスタッフの中に日本語をあまり話せない人が増えたときに、仕組みでサービスの質を担保したりもできます。働くひとがもっと心地よくなりたいという文脈でいうとこれもすごく意義のある対象なんじゃないかと思いました。
林 飲食業界はものすごく人材の新陳代謝が早いと言われています。スタッフをトレーニングして一人前になるということじゃなくて、誰がやっても機能するという仕組みに変え、誰でも使えるようにするというのは画期的なことなんじゃないでしょうか。
仮設トイレ総合管理システム [hint](グッドデザイン・ベスト100)
長田 仮設トイレにセンサーをつけて、どれくらい空いているか埋まっているか、タンクの中の汚水の溜まり具合をセンサーで図って汚水を取り除くというところの業務をやりやすくするという仕組みです。仮設トイレにITを入れるというイメージがなかったところに、でも実際に話を聞くとたしかに必要なソリューションなんだなというところが、いいなと思いました。
今は非常に多く災害が起きているので、こういうソリューションをレジリエンスの観点でも整えておくというのは、必要になってくるのかなと思いました。
林 最初は音楽フェスのためのサービスだったものが、一歩進むと、災害にも使えるね、みたいに、進んでいけるところがすばらしいと思います。
これからなにかを開発するときに、最初から大きくやるのではなく、一歩でいいから階段を登り、そうするとまた違ったものが見えてくるからまた階段をのぼり、というふうに、最初から全部を見切るのは無理でも、スモールスタートでつねに開発し続け提供しつづけ、というサービスを作っていければいいのかなと思いました。
まとめ:共振をさせるストーリーがあるものが評価された
長田 今年のグッドデザイン賞では「美しさと共振する力」というキーワードがあって、たんに技術だけではなくて、他にどういう影響をあたえて、共振をさせるかというところのそうしたストーリーがあるものは、上位賞に入ったような気がします。
実証ベースであっても共振させる力があるようなものは上位賞に入れたし、広がっていたものでも、なにかそこに新しさや美しさがないものに関しては難しかったのかなと思いました。
水野 今年このユニットには海外からの応募が急増していて、そちらではビジョンとかテクノロジーでは圧倒的なイメージのものもありましたが、意外と最終的に入らなかったですね。共振するものがないと難しいのかなと思いました。
井上 印象にのこっているのは、二次審査の対話型審査のプレゼンに来てくれた方が本当に自分で思いを持って作ってる方だと、こちらもすごくよく理解できました。あ、これはそこの課題を解いているのか!とか、そこが難しいんだ、とか、それってこうやって突破したから価値があるんだ、とかが伝わってきます。
審査委員の間では、その会社の中で意思決定のときになにが大事か、というのが実はここですごく出るよね、という話をしていました。
ベスト100に選ばれた対象は、そこが見えてきてるところが多くて、高く評価されたのかなと思います。
林 デザインが、改めて「ものの形ではなくて、もののあり方だ」ということを感じる審査でした。
企業がどうありたいかというのを考えるとき、ありたい形にするときに、絶対にデザイナーの力は必要です。そのときデザインの費用は、費用ではなくて投資なんです。デザインって、時間がかかるときもあるかもしれませんが、必ず結果として利益につながってくるものなので、技術だけじゃなくてデザインというものを広く捉えて、経営のそばにも置き、どうビジョンをデザインすればいいのかという会話がなされればうれしいなというふうに思います。